ねずこの物語

私のことですからもちろん あちらの「ねずこ」 (=『鬼滅の刃』に登場する竈門禰豆子/かまどねずこ)の話ではありません





こちらのねずこの話です





大晦日の夜のこと

雪の中で野ねずみに出遇いました






夕刻から勢いよく降りいだしし宵の雪中


白き中に黒く動くものありて立ち止まらば

ちいさき生きものらしき姿


目を疑ひつつ眺むるに

雪をかき分け我が靴に登りわななきつつゐし






このもの触れてよしやあしや、如何にせんとて

見捨つることはならず


ひとまず直に触れまいと真綿のごとき雪とともに両手で包み持ち、目鼻の先なる我が根城に向かうも

雪 ちべたいと

げに、真綿ならぬ雪からよろよろと、されど強き意志もちて這ひ出でて

我が袖口あたりの雪のないところにてふるふると震えるを、落とすまいとしずかに白き道を踏みしむるに、このものいづこが安住の地かと思案






いとうつくし

如何にせん




昼には土草の見えていたるに、今や四方八方、雪の積りたる

哀れにも茂みを騒がす大動物の襲来ありて驚き飛びいだしたるに、一面の雪原にて迷いしか



我が根城に居つかば安らかならぬこと思ひ浮かばれ

我ら行合いし社のさるべきところへ連れてまいらん



いざ友家族のもとへ



しばし待てと紙包みに入れ手を清め、丈長の靴に履き替へて雪の夜道を彼の地へ戻る







袋に入れられしその胸、いかに恐ろしきものなりきや


雪の無いところへやおらいだすも、腹を見せて伸び動く気配なし


今度は我が心臓の張り裂けん


ハラハラと時置きて見守るに、3度目にけしきを見しときすでに春の雪のごとく消え失せたる


そのもの、時に死にたるふりすといふ



果たして友らと再会できたるか

折しも子年の終わらんとする夜のこと



我を丑と思ふありて飛び乗りしか野ねずみ

丑ならば新しき年へと連れ参じたやもしれぬものを


我、亥ゆゑに、子(ね)の時、巻き戻して元の地に連れ帰りたるは、さもあるべきことなり






年越しの雪の夜のものがたり


ねずみと聞けば困りものと扱われることが常、出逢いが屋外だったのは幸いでしたが、それでもためらいがなかったわけではなく

けれど不意に杉みきこさんの児童文学『火をありがとう』の主人公、あかねを思い出していました

ブックカバーチャレンジの2冊目でご紹介した子どもの頃からの愛読書です→


あかねは雪の中で凍えるすずめのひなと出会い、自分の大切なものを燃やしてそのちいさな命をあたため、救うのです


私はなんの献身もしていませんが、おおきなものが私を見ているように思われて、こころにこの物語のあることが、結果的に野ねずみをあたためるともしびとなったように思います


年が明けてから、この本の挿絵の村山陽先生が、まさにこの出来事の前日12月30日に亡くなられていたことを知りました



陽先生のご冥福をお祈りいたしますとともに
杉みきこ先生がこれからもご健在で言葉を紡いでくださることを願い
この拙いものがたりを
捧げさせていただきます